旅日記

2015年8月3日(月)福島→上松へ 14.8km

 自宅から4時間かけて木曽福島駅に10時半到着。まずは山村代官屋敷からスタートした。猛暑続きで、気温はぐんぐん上がっている。
 山村氏は関ヶ原の戦いでの功労により木曽代官を命ぜられた。また福島関所の関守を兼ねて代々明治維新まで270年余、木曽一帯を治めていた。山村氏は尾張藩に属して石高7500石で、江戸と名古屋にも屋敷をもっていた。並の代官とは違う石高だ。
 復元された代官屋敷には当時の袴(はかま)や鐙(あぶみ)、安政年間の木曽料理(レプリカ)、山村家の雛人形などが展示されている。案内人が、山村稲荷の「キツネのミイラ」まで開けてみせてくれた。広大だった屋敷は一部が復元されたにすぎない。
 福島宿は大火で宿場の面影はないが、木曽川の崖にせり出す家々、古い町並みが残る「上の段」地区がある。上がっていくと道は折り曲がり、「桝形」が設けられている。また古風な家がつづいている。酒造会社の蔵脇を通ると大通寺がある。境内には武田信玄の娘「真理姫」の供養塔もある。
 やがて道は木曽町役場の脇にでた。木曽町は10年前に4つの町村が合併している。トイレを借りて顔を洗った。部屋は室温32℃、なんと扇風機をまわしている。町民課で「暑くなると冷房をいれます」「冷房の基準はありますか?」「課長から許可がでたらいれます」、こんなやりとりをした。昼休み後、やっと冷房が入った。
 江戸から70里目の塩渕一里塚をすぎると、左側の高台に石仏石塔群(二十三夜、勢至大菩薩、塩渕開発記念碑など)がある。明治時代の廃線トンネルは通行止めの看板があり迂回。細道を歩くと、やがて御嶽遥拝所がみえてきた。中山道の御嶽遥拝所は鳥居峠とここだけだという。寛永時代(17世紀前半)から遥拝の鳥居は造られた。上ってみたが木々にかくれて御嶽山はよくわからなかった。
 国道19号にでると、赤い鉄橋がみえてきた。木曽の桟(かけはし)がある所だ。かけはしは木曽川を渡る橋ではなく、断崖絶壁の岩壁にそって丸太をくんだ桟(さん)のような道であったが、火災で焼失したので慶安元年(1648)、尾張藩は石積みの桟を完成させた。鉄橋を渡ると国道下に当時の石積みがよくみえる。この桟跡は長野県史跡になっている。それにしても木曽川にかかる赤い橋、白い大きな岩石、まわりの緑の景色はすばらしい。
 後ろの方で雷が鳴っている。ひょっとすると雷雨かもしれない。しばらくすると雨が降り出した。ラッキーなことに歩行者用のトンネルがある。ゴロゴロと、雷が近づいた。風が吹き、ドシャ降りの雨になってきた。こうなるとやむまで待つしかない。1時間後、小降りになり、やがて雨はやんだ。もうすぐ上松(あげまつ)宿だ。
 上松宿(上松町)は明治以来、度重なる大火で焼失している。火災をまぬがれたのは上町地区だ。まだ古い町並みが残っている。本町一里塚近くに双体道祖神をみつけた。もう午後6時半をすぎた。上松町役場に「木曽の星・御嶽(みたけ)海・十両優勝」の垂れ幕がかかげられている。駅前にも、商店にも御嶽海優勝のポスターが貼られていた。今晩から二泊、駅前旅館に泊まる予定だ。

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