旅日記

2015年9月29日(火)高宮→愛知川→武佐へ 25.3km

 朝7時半、多賀大社一の鳥居からスタート。この鳥居は多賀大社から4キロも西にある。きのうと同様きょうもいい天気になりそうだ。
 大鳥居から高宮宿(彦根市)の本陣跡、脇本陣跡などがつづく。「うだつ」のある家々がある静かな町並みだ。犬上川の無賃橋(川渡しや仮橋は有料だったが、幕末の頃、豪商がつくり、この橋はとらなかった)を渡り、数キロ歩くと阿自岐(あじき)神社の案内標識がある。信号から右約1キロ先だが、「庭園は日本最古」につられて訪ねた。この「阿自岐の郷」は、応神天皇15年(285)渡来人の阿自岐氏によって開かれたという。境内には広い池と大小の島があり、水鳥がいた。いつ頃の庭園かはわからないが、日本最古の庭園のひとつだといわれている。
 ふたたび中山道にもどる。「先人を偲ぶ館」(豊郷町)に寄ってみた。この館には、郷土の伊藤長兵衛、伊藤忠兵衛、古川鉄次郎など先人の功績を展示している。すぐ近くには、伊藤忠・丸紅の創始者、伊藤忠兵衛旧宅がある。二代目忠兵衛がイギリス留学から帰国する際に取り寄せた珍しい洋式風呂もある。さらに歩くと明治時代にサケ缶工場をつくった藤野辰二郎の「又十屋敷」がある。湖国百選の庭のひとつ「松前の庭」は立派だ。
 やがて宇曽川を渡り、愛知川宿(えちがわ・愛荘町)にやってきた。宿場の面影はほとんどない。宝暦8年(1758)創業の旅籠竹の子屋は、いま竹平楼という料理旅館になっている。愛知川の手前に高さ4m余の常夜灯がある。弘化3年(1846)に建てられたが、愛知川宿の道しるべになったという。愛知川のもうひとつの鉄橋には東海道新幹線が猛スピードで通りすぎていく。
 五個荘地区に入ると、江戸時代から京都、大阪で呉服繊維商として活躍した近江商人の京町屋風の商家跡がある。また茅葺屋根の家が何軒かある。国道に合流する三角地に「てんびんの里」というモニュメント(てんびん像)がある。このあたりは江戸・明治時代、「てんびん千両、てんびん千両‥‥」といって、豪商になった近江商人発祥の地だ。
 国道8号を離れて道は旧中山道に入る。武佐宿まであと一里だ。右側にこんもりした森がみえる。老蘇(おいそ)の森(国史跡)と奥石(おいそ)神社がある。老蘇の森は万葉の時代から数々の歌に詠まれている。この森にある奥石神社は延喜式神名帳(927年)に記載されている神社だ。現在の本殿は安土桃山時代の建造物で国の重要文化財に指定されている。杉、ヒノキ、松などうっそうとした森と優美な本殿がある。
 武佐宿の手前で、「泡子延命地蔵尊御遺跡」の碑がある。醒井宿では「西行水・泡子塚」があった。武佐では「ある僧」が飲み残した茶を茶店の娘が飲むと身ごもった、云々という。数十キロ離れてはいるが、泡子の話はほぼ同じだ。僧と娘の不思議な話だ。
 やがて道は江戸から66番目の武佐宿(近江八幡市)に入ってきた。武佐宿は本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠23軒(1843年資料)があった。役人宅平尾家、脇本陣跡がある。明治19年建築の旧八幡警察署跡の建物がある。もう夕方6時近くなり暗くなってきた。急ぎ足で無人の武佐駅にむかう。あすの朝もう一度、武佐宿の通りを歩く予定だ。

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